【連載】『やましろあれこれ:大腸がん』(後編)

消化器内科

 

節分の日に勢い込んで恵方巻を買ったはいいものの、「今年の恵方は南南東」と言われたところで「南南東」がどちらか分からず、家の中で右往左往してしまった全国の皆さん、こんにちは。

「年齢プラス1粒」という豆の数に課せられた“古来よりの制約”が、年々重さを増してのしかかってきている山城です。



先週は、当初の予定を変えてウェビナー開催の告知を挟ませていただくこととなりましたが、今回はいよいよ満を持して、本連載の締め括りとなる「後編」をお届けいたします。

 

「前編」では、「大腸がん」に関する基礎的な知識を中心にお伝えし、続く「中編」では、大腸がんの「予防法」に焦点を当ててお話させていただきました。

そして、最後を飾る「後編」では、大腸がんの「歴史」に視点をずらし、大腸がんにまつわるちょっと面白いエピソードをお送りしたいと思います。

 

 

さて、まずは今回の本題に入る前に、少し前回の内容の復習となりますが、「大腸ポリープがまだ小さいうちにきれいに切除できれば、ほとんどの大腸がんを予防できる」というお話を覚えていらっしゃるでしょうか。

 

「大腸がん」の分野では有名な学説のひとつに、「アデノーマ・カルチノーマシークエンス」というものがあるんですが、これは「どのようにして大腸がんが発生するか」という仕組みについて説明したものとなります。

更に噛み砕くと、「アデノーマ(良性の腺腫=良性のポリープ)」が、10年15年という時間をかけて将来的に「カルチノーマ(がん)」へと発展するというシークエンス(流れ)を唱えた学説なんです。

 

 

実は、この「良性のポリープがいずれ成長して発がんする」というシークエンスが、きちんと学問として医学的に証明されたのは、世界でも「大腸がん」が初めてだったりします。

だから、「胃がん」でも「肺がん」でも「乳がん」でも「子宮がん」でも何でもそうなんですが、他の部位においては、「がん」はたとえ「1mm」の大きさだったとしても、発生した時点で既に「がん」という訳です。

 

ただし、最新の研究では、「大腸においても良性のポリープを経て発がんせずに、最初からいきなり「大腸がん」として発症するケースもごく一部あり得る」ということが分かってきていて、必ずしもこの理論が、常に100%正しいとは言えなくなってきたりもしています。

──いずれにせよ、これが現代医学における「がん」に関する一つの解釈となります。あくまで“いまのところ”のお話、ではありますが。




ちなみに、大腸における「良性のポリープがいずれ成長して発がんする」という仕組みが発見されたのは、1970年代にまで遡ります。

 

発見された当時は、ある種のお祭り騒ぎのような状態になり、「かつて人類は『天然痘』をワクチンによって撲滅した。次は『大腸がん』だ」という風潮が巻き起こり、世間は大いに賑わいました。

その盛り上がりぶりは、当時の米国大統領が「良性のポリープをすべて切り取ることで、将来的に世界から大腸がんを根絶できる」と、声高らかに「大腸がん撲滅宣言」を喧伝したほどでした。

 

 

でも、いざ蓋を開いてみると、日本ではまだ年々「大腸がん」が増え続けており、増加に歯止めがかからない状況が続いていますし、宣言が出されたはずの欧米でも、ようやく増加の傾向がピークを超える徴候を見せ始めたような状況でしかありません。

当然、「原因と解決策が分かったのに何故?」と、皆さんお思いのことでしょう。



これは非常に簡単なお話で、結局のところ「大腸カメラ検査を全日本国民が受けて、良性のポリープをしっかりと切り取れるような環境を、日本では絶対に準備できなかったから」ということに尽きます。

大腸カメラ検査というものは、一般的な内視鏡医であれば習得までに5年から10年は必要だと言われており、それだけの時間と労力を必要とする内視鏡医を大量に養成できるようなシステムが、日本にはありませんでした

 

要するに、「理論としては正しいけれども、実際のそれを実現するための環境が整えられなかった」という訳です。

 

 

そのほかにも、やっぱり患者さん側の多くに「大腸カメラはきつい、苦しい」というネガティブなイメージが根付いていたり、「お尻を見られるのが恥ずかしい」という羞恥心があったりすることも、別の課題として挙げられるでしょう。

 

ちなみに、「面白い」と言っていいのかは分かりませんが、「お尻を見られたくない」という風に恥ずかしがられる方は、ちょっと意外なことに女性よりも、むしろ「中高年の男性」に多かったりします。

60代や70代の男性とかにも、結構多いんです。

 

一介の内視鏡医としては、この辺りの「患者さん側の感情・感覚的な障壁」にも何とか突破口を開いていかなくちゃいけないな、と最近は殊更に強く感じています。

 

 

閑話休題。

 

そんなこんなで、1970年代に意気揚々と発布された「大腸がん撲滅宣言」は、1990年代に入って「これは現実的に無理だ」と結論づけられるに至り、くるりと華麗に撤回されることとなりました、とさ。

めでたくなし、めでたくなし。

 

 

──とまぁ、物語の結末としては、何とも締まらない結末となってしまった訳ですが、ただこの失敗、あるいは現在まで続く状況が、「大腸がんを根絶することは不可能だ」ということを意味する訳では、決してありません

あくまで、「これまでのやり方では上手くいかなかった」という話に過ぎません

 

確かに、少なくとも日本ではまだしばらく増加の傾向が続くことになるでしょうが、やりようによっては、絶対に撲滅にまで持っていけるはずなんです。

 

 

「中編」でも散々口を酸っぱくしてお伝えしたので、もう耳にタコが出来てしまっているかもしれませんが、とにかく早めに、まだ何も症状が出てないうちに一度、検査を受けてほしいと思います。

遺伝的リスクを抱えているようであれば「20代」のうちに、そうでなければ「40~50代」のうちに一度検査を受けることで、ほとんどの「大腸がん」は撲滅できるはずなんです。

 

 

ここまで三週間ほどにわたって「大腸がん」について色々とお話させていただきましたが、最後に僕から皆さんにお伝えしたいことは、ただ一つ。

あなたの貴重な「時間」と「労力」。そして、ほんの一握りの「勇気」を、どうか僕たち内視鏡医に預けてみてください

 

そうして皆さんが振り絞ってくださった「覚悟」に対しては、僕も同じだけの「覚悟」と、持ちうる限りの「誠意」とでお応えしていく所存です。

 

山城   

 

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